オブジェクト指向プログラミングに学ぶ 「オブジェクト指向経営」のススメ 4

前回は「継承」についてお話しました。

経営上での「継承」の使い方をかんたんにおさらいすると

「明文化された上位組織のコアになるミッションを下の組織もかならず共有すること」です。

たとえば会社の理念が、「安全な水と空気のために」だったら、たとえ間接部門の総務部のミッションであっても「安全水と空気のために働く他部署を経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)の最適化で支援する」となります。

・・・さて今回は、一番難解で多面性を持つ「カプセル化」のお話。

そのなかでも、中小企業の問題解決に一番役立ちそうなところところに絞って進めていきたいと思います。

今回は市内十数カ所のスーパーに餅菓子を納品している沢田食品さんの工場のとある日の風景から始めてみたいと思います。

ちなみに沢田食品さんの理念は「妥協なき品質追求」です。

「工場長、幹部会議お疲れさまです。どうでした?」

「うーん、ちょっと困ったことになっちゃってさあ・・・」

「なんすか? 困ったことって。」

「ほら、今年度のうちって干支にちなんで牛の角をかたどった『もちブル』がわりと好評だったでしょ。」

「はい、9月から始まる次年度は、またまた干支のトラのシマシマ模様を生かしたどら焼き『トラえもん』を販売予定ですよね。」

「あれキレイなシマシマ模様を焼き色でつくるの結構難しいんだよね。ところが気を良くした営業部が強気の目標作ってきちゃっててさ、『もちブル』の2倍だよ!作れる?」

「うーん、現状の生産ラインのままだとかなりきついですね。ウチの規模だとライン増設は難しいでしょうから、不人気のシリーズつくるのやめてあと一本確保しても1.5倍が良いところですね。そうやって役員会にさし戻してもらえませんか?」

「ところが、息子の常務が営業のイケイケ計画にすっかりノッちゃっててさ、、常務タイガースファンでしょ。じゃあ販促費も今回の倍ね、なんて感じで、とてもこちらからさし戻す雰囲気じゃないんだよな。」

「まー確かに今シーズンはタイガース優勝もありそうですもんね、たくさん売れるかもしれないけど作れない・・・どうしましょ。」

「そこでなんだけどさ、焼き色管理が楽なように、どら焼きの皮に入れるシマシマをもっと太くするのはどう?」

「うーん、それでタイガース柄に見えます?あんまりやりたくないし、それじゃあせいぜい20%の生産量アップがいいところかな?・・・じゃ思い切って下の皮は通常にして、上の方だけシマシマにしましょうか?」

「お いいね 型代も半分になるし、そうしようか!」

 

おやおや、沢田食品さんの理念「妥協なき品質」は一体どこ行っちゃったんでしょう?

これでもしタイガースがリーグ優勝できなかったら、プロ野球シーズンが終わって、年が明けてホントの寅年になった時、一体だれが片方だけ縞模様のどら焼きなんて買ってくれるんでしょうね??

そんなときこそ、思い出してほしいのはじつはこの「カプセル化」なんです。

カプセル化はプログラミング的に言うと「​データ(属性)とメソッド(手続き)を一つのオブジェクトにまとめ、その内容を隠蔽すること」

プロのプログラマーにはオブジェクト指向で最も重要かつ難しいのがこの「カプセル化」だという方もいますが・・

私流に平たく言いってしまうと、「素人がいじると危ないところはさわれないようにして、その情報目録と入手手続きのみを提供すること」です。

例えば調理家電の電気フライヤー(揚げ物器)の温度調節範囲はだいたい90〜190℃でこれ以上は上がりません。

たいてい10℃刻みのダイヤル(情報目録)を好みの温度にセット(入手手続き)するだけで、カンタンに使いこなすことが出来ます。

ガスコンロで鍋に油を入れて加熱すると、約20分で発火温度の360℃に達するらしく、揚げ物油の管理ミスによる火災って結構多いそうですが、電気フライヤーを使えばそんな心配は不要ですね。

組織でも同じように、その所管部門以外がいじると危ない情報はさわれないようにして、関係部門には必要な情報の目録だけ提示して、安全な使用法しか出来ないようにしておけば良いのです。

例えば、マーケティング担当者が社内の若い女性従業員のインタビューをとりたい場合、総務部はいきなり個人情報流出のリスクが有る、女性従業員の生年月日、住所まで入ったリストを提供するのではなく、

まず、社内に〇〇歳以下の女性従業員が何人いるか伝え、以下マーケティング担当者から、名前出し、顔出しの要否等を確認してOKな人だけ紹介したり、アンケート程度でよければ総務部が代行して結果だけ伝えたりすればよいのです。

こんな情報管理のやり方も、電気フライヤーも、まだるっこしかったり、置き場所がかさんだりします。

でもこれだとリスクを気にせず情報が取れたり、できたての揚げ物を楽しめたりするでしょ?

もちろん、こんな心配もおありだと思います。

「隠蔽?? それはまずいんじゃないの? だってオープンな組織が一番なんだから!」

もちろんお気持はよーくわかります。

小さな組織でも、タコツボ化や組織間の対立による情報の偏りが起こりうることは、みなさまもご経験済みですよね。

しかし、そうなる原因は「クラス化」も「継承」もされていないぐちゃぐちゃな組織で、みんながただただ「情報を出すことが危険」と本能的に考えて、必要な情報目録までをやみくもに隠蔽してしまっているからです。

表紙も目次もない本に何が書いてあるのかはわかりませんよね?

ですからカプセル化が力を発揮するのはは、「クラス化」や「継承」がきっちり行われていて、整理されている必要があると思ってください。

さてくだんの沢田食品さんでは、シマシマどらやき「トラえもん」の第1回社内試食会で、創業者の常務の祖父からクレームが付き、「上だけシマシマ案」は却下。

父である社長の指示で対策を担当したトラキチ常務は以下のルールを社内に公布しました。

今後新製品を出すときは現行工場のフルラインで生産可能な数量(MAX)から、前商品のラインのみを使用した場合に可能な数量(MIN)までを段階的に提示し、その中から営業が最適な販売数量計画を作ること。品質の低下は絶対NG。

結果「トラえもん」の販売・生産計画は

・不人気商品のラインも活用して、前商品「もちブル」の1.5倍。

・もし人気が沸騰して生産が追いつかなくなったら、短期的な利益を追っての無理な増産はせず、メディアの取材などを活用して、長期的なブランド価値を上げるほうに考える。

という事になりました。

常務もトラキチの「あほぼん」ではないことが証明されてよかったですね。

少し調子が出てきたので、もう一つ「カプセル化」を進めるにあたっての要点をについて、架空の事例でご紹介します。 

ここは老舗の呉服屋「さわだ」。

若旦那が気ままに反物を発注するために資金繰りはいつもカツカツ。

とはいえこの若旦那、幼い頃から呉服に慣れ親しみ、アート界の人とも交流があるせいか、意外と目が利くので、仕入れたものは結構評判がいいのです。

呉服界での「さわだ」のブランド価値も徐々に高まっている中、かんたんに「やめとくれやす」とか「控えておくれやす」とも言えません。

もともとパソコンに明るい番頭さんは、毎月の売上や利益をその名も「管理表」というエクセルファイルで管理し、さらに入出金まで入力して資金管理もしているのですが、こうやって若旦那が気ままに仕入れるものですから、資金の苦労が絶えません。

悩みに悩んだ番頭さんは反物の発注ルールをカプセル化し、在庫と余裕資金から勘案した『仕入れ可能額』を、『管理表』に書き込むことにしました。

そのうえで若旦那にも『管理表』を発注前に必ず見るように言ったのですが、あいかわらず仕入れはオーバー気味・・・

「若ダンはん! まーた余分に仕入れはって・・堪忍しておくれやす〜 必ずこの『管理表』見てもらうようお願いしましたやろ。」

「ああ『管理表』なぁ・・ボクかて見るには見ましたがな、・・えらい重たいエクセルの表を開いて・・せやけどなぁ、他にもいっーぱいボクに関係あらへん数字があって、いっこもわからへんわ。だいたい仕入れてええ金額書いてあるの、どこぉ??・・」

「そやから、ここの『SK』というとこだけ、見ておくれやす言うてますやろ!」

「SK? なーんやそれ??」

「『仕入れ可能額』の頭とってSKですわ」

「そーんなもん 誰が分かるかいな あほらし・・」

「あほらし ってなんですの! あてがお店のためを思って考えてますのに(怒)」

「あの〜 ちょっとよろしおますか?」

「なんや貞吉! もう雑巾がけ終わったんか?」

「丁稚のわたいが言うのもなんや差し出がましいんどすけど、

1,SKとか誰が聞いても何のことかわからない名付けをやめてわかりやすい名称を。

2,管理帳に何でもかんでも詰め込むのはやめて、機能・目的ごとに独立した帳票に。

これがカプセル化の基本どす。

この2つを守ってもらえば、若ダンはんも楽やし、番頭はんもいらん気ぃ揉まんでよろしいのと違いますか?」

「いま貞吉がええ事言いよった!」 

「若ダンはん、そしたら、管理表に書き込むのはやめにして、新しく単独に『仕入れ限界表』という表を作って毎日更新しますさかい、それ見て発注しておくんなはれ。」

「あ〜 それやったら ズボラなボクでもきっちり確認できますなぁ 早速そうしてもらいまひょ。」

 

ということで、無事「さわだ」の資金繰りも安定し、お店も商売繁盛のようです。めでたしめでたし。

カプセル化では丁稚の貞吉が言っていた

・カプセル化したクラスの役割は一つにする。

・正しい名付けをする。

が非常に重要です。

この事例で言うと

・『仕入れ限界表』という一つの役割だけをカプセル化した表(クラス)を作ることで、若旦那(ユーザー)が仕入れ可能額だけを見れるようにする。その計算根拠になっている番頭さんが把握していれば良い資金繰りなどの複雑な管理票(クラス)の中身は見せない(隠蔽)

・カプセル化した表(クラス)は「SK」とか、作った本人にしかわからない名付けをやめて、『仕入れ限界表』のように万人が呼び出しやすい(正しい)名前をつける。

ということでしょうか。

カプセル化にきちんと取り組むかどうかで、業務上のリスクコントロール力はだいぶ違ってきます。

それが御社の利益構造やキャッシュを稼ぐ力にけっこうな好影響を与えますので、ぜひ取り組んでみてください。

さて、次回はいよいよ「オブジェクト指向のススメ 5」最終回。

なかなか聞き慣れない「ポリモーフィズム」についてのお話です。

再現ドラマ(架空)に今度はどんな会社が出てくるのか??、そちらもお楽しみに!