赤字は悪??

エースラボの顧客ではありませんが、最近とある経営者の方からこんなご相談を受けました。

「まだ期末までは少しあるんだけど、このまま行くとどうやら黒字決算が難しそうです。

パートさんのシフトを削ったり、出張を減らしたりして黒字化しようと思うんですけど、どう思います?」

私は相談を受けながら、こんな言葉を思い出しました。

「あかじはあく」

これは、30代で電気設備会社ミカド電装商事の社長になって、しばらくした頃に読んだ、後藤昌幸さんの著書「経営いろはガルタ」(致知出版社;絶版) の「あ」の章の読み札です。

後藤昌幸さんは赤字続きだった滋賀ダイハツを立て直した名経営者として知られています。

後藤さんは著書の中で、「何があってもぜ〜ったい赤字はあかん」という意味のことをおっしゃってました。

(残念ながら本が手元にありません。人に本を貸すということは、差し上げると同義ですね。)

なんでも当時滋賀ダイハツでは赤字になりそうになると、店舗の駐車場で野菜を売ってでも黒字にしていたとのこと。

後藤さんの黒字化にかける凄まじい熱意が伝わるエピソードです。

しかし、経営者として順調に(?)成長するにつれ、私はこの「赤字は悪」という、いろはガルタの読み札にある種の疑問を持ち始めました。

事業の、会社経営の目的は「利益」、だからマイナスの利益をあらわす「赤字」がよくないのは当然のこと。

単年度の赤字は結果的に、会社の現預金を減らしますし、会社倒産は毎月の決済に必要な現預金の不足で起こります。

例えば支払日に1億円の現預金があっても1億1円分の決済があったら原則アウト。

また、1億円持ってても、2000万の赤字が5年続いたら現預金はゼロになる計算です

「会社倒産は経験のある人にしか分からない苦しさがある」と言いますし経営者なら死を恐れるのと同じように倒産を恐れるのは当然のこと。

そしてその倒産への階段、一里塚、マイルストーン、キロポストである、赤字決算を経営者の皆さんが蛇蝎の如く恐れるのも十分理解できます(私だって経営者の端くれです)。

しかし、会計年度時点での赤字を恐れることが、逆に経営の足かせになっている事も結構あるんじゃないかと思っていまして・・

今回のご相談者のように、営業黒字を出すために、本来利益を出すために必要な出張費用やパートさんへの給与を出し渋ると、結果的に商品・サービスの品質の低下を招き、翌期以降の成績に悪影響を及ぼすことは、賢明な読者の皆さんならわかってもらえますよね。

ではここで一時的な赤字対策が生む弊害を主な科目ごとに申し上げますと(▲の数は深刻度)

1、仕入れ ▲▲

この科目を減らす方法は主に二つ、1)仕入れ先への価格交渉と2)仕入れ先の変更です。

仕入れ先への価格交渉はおそらく普段からきっちりやっているはずなので、特に相手の方が規模が大きい場合はなかなか難しいと思います。

相手の方が立場が弱い場合は可能かもしれませんが、品質上の問題を起こす可能性があります(特に食品・飲食など)。

仕入れ先の変更も、今より価格の低いところを探せば、品質も落ちるのが普通です。

こんなシュミレーションをしてみましょう。

飲食業で仮に粗利が60%だった場合、もし5%の仕入れダウンに成功すると粗利率は62%にアップ! ・・・なんか嬉しいですね。

しかーし、それが提供する食べ物やサービスの品質低下をもたらし、5%売上高が減ってしまったら全体の粗利額はトントン以下の5.0%ダウン。

もし売上が10%(!)減ったら粗利額はコストダウン前の13.3%ダウンとなってしまいます↘。

コストダウンしたのに利益ダウンというこの「ダウンダウン」全く笑えないどころか背筋が寒くなるコンビです。

したがって原材料のコストダウンは品質が落ちないかどうか、よく確認してから行う必要があります。

 

2、外注工賃 ▲▲

こちらも1)値下げ交渉、と2)内製化の二つの方法があります。

1)は仕入れと同じく品質上の問題を招きかねませんし、下請けいじめには監督省庁が目を光らせています。

ミカド電装の仕事は、総合電気工事会社さんなどからの下請けが多く、先方からみれば私たちは外注に当たります。

幾度となく、値下げの要求は受けていますが、あまり激しい要求があるお客様の依頼はやんわりお断りしています。

場合によっては「ステルス出禁」というか、わざと高い見積もり対応をして注文をいただかないことにしているお問合せ先もあります。

安値で請ければ、こちらも作業員を減らすなど、品質を下げねばならず、そんなことで大切な社員が疲弊したり、怪我でもされたら大変ですから。

真面目な社員たちは「お断りしたらお客さんが困る」と心配しますが、私は「ウチより品質の低い会社が受けるから大丈夫。」と答えています。

こうして、安値要求のお問合せ先の品質は下がり、適正価格で発注くださるうちのお客様の品質は維持されていきます。

激しい安値を要求したお問合せ先と、引き受けた競合さんがこの先どうなるか? 

皆さんはおわかりですよね?

2)外注の内製化は一見良さそうですが、けっこう要注意です。

もし、「内製化したい」と社長が言えば、入社2年目の若手くんが「僕がやればタダですから」なんて言ってくれるかもしれません。

もし年間500万円もかかっていた外注業務を、年収300万円の若手くんをフルに使って内製化したら、200万円のコストダウン!

なんか良さそうな気がしますね。

しかし社員の時間はタダどころか、社保や一般管理費(社長さんの給与もここに入ります)などを含めると時給換算の2.5〜3倍のコストがかかっています。

つまりその若手くんにかかる現実のコストは最低でも年間750万円。

本来の仕事から生み出されるはずの価値も、内製化によってゼロ円に。

また実務を通じて、彼がこれから給料の5倍も6倍も稼げる社員になるための大切なトレーニング期間をも無駄遣いしてしまうことになります。

単純計算にはなりますが、この若手くんによる内製化による1年間の損得勘定は・・・

まず内製化でゼロになった外注費500万円から、若手くんの実質コスト750万円を引きます。

若手くんは経験不足ゆえ本業で自分のコスト分を稼ぐことができませんが、それでも8割の利益(粗利)600万円くらいは稼げるでしょう。

しかしこの稼ぎは前述の通り内製化によってゼロ円になりますから、この600万円を実現しなかった利益として差引かねばなりません(かわりに若手くんは本業をしませんから、本業で発生したはずの赤字分2割=150万は実現しなかった損としてプラスします)。

これを計算しますと・・・500−750−600+150=700

つまり単純計算とはいえ、内製化したときのほうが、外注してたときよりも700万円(!)も損してしまうことになってしまうんです(おっそろしいですね〜)。

(もしわかりにくいと思われた方はこのように2つに分けて考えると納得しやすいと思います。

・外注よりも250万高いコストで社内発注した

・普通に仕事していれば稼いでいたはずの450万もふいにする 

よって損したのは合わせて700万)

さらに前述の通り、若手くんの本業のトレーニング期間も1年遅れるので、翌年本業に復帰しても、本来経験を積んで稼げていたはずの利益(たぶん100万前後)をその年は稼ぐことができません。

・・というわけですから、内製化にあたっては、

・現在の稼げている業務をじゃまして売上・利益に影響しないか?

・その技術を身につけることで会社として今後収益が見込めるか?

などなど慎重に見極めなければなりません。

 

3、給与賃金・賞与 ▲▲▲

当たり前ですが、給与は社員の生活の糧。

残業代なども含め簡単に減らせば必ず士気が下がり、これから先の業績に悪影響をあたえます。

賞与も業績に応じて変動する分以外は、社員の日々の生活のために支給している「生活給」とお考えください。

一見変動費に見えるパート代も、一年通して働いていただいている方の分は、固定費同様に捉えるべきです。

個人的な見解ですが、「自分はもらっている給料分働いていない」と思っている社員は皆無です。

社長さんからどう見えているかは別にして、そう思っている人の給与を実質的に下げたら、ますます会社に対するロイヤリティや心理的安全性は、例外なく低下します。

不安を抱えてロイヤリティも低い社員が力を合わせて赤字を黒字にできたら、魔法のようですね。

債務超過とか、よほど危機的な状況になってしまっていたら話は別ですが、ここに手をつけてうまく言ったというお話を私は聞いたことがありません。

 

4、事務消耗品・水道光熱費 ▲

これらの削減は数字の上では「気休め」程度の効果しかないと思ってください。

SDGsには間違いなく良いのでしょうが、削れる費用はごくわずかです。

駆け出しの社長時代

・社内で使うボールペンを、筆圧をかけると軸が曲がるような安物に変えて社員から不評を買ったり、

・FAXで売り込まれた安価なコピー用紙を使った施工報告書をお客様に提出し、「こんな紙で報告書出すんだったら、発注額下げるよ!」なんてニヤニヤしながら脅された。

なんて経験がありますが「安物買いの銭失い」とはよく言ったもんです。

ただし水道光熱費のうち製造原価に仕分けられるものについては、長期にわたる調達法や使用機器についての工夫が必要です。

 

5、旅費交通費・広告宣伝費 ▲▲

こちらも、売上を作るための大切な投資的コストですから、削ればその後の売上利益にマイナスの影響が及びます。

特にB2Bビジネスの皆さんにとって、お客様との商談のための旅費交通費の予算をしっかりとっておくことは、利益をあげるためにとても重要な事。

会社によっては「帰るときの高速道路利用を認めてない」というところもあるそうですが、これは利益を上げるのに必要な時間を無駄遣いさせる悪手。

早く戻ってきて、高速代以上の利益をあげてもらうのが正解です。

また広告費はB2C、D2Cのビジネスの皆様にとって、生命線です。

口コミのお客さんだけで成り立っている自信でもない限り、手を付けてはいけません。

ただし、視察とか、お付き合いのCMにかかる分はこの再検討して良いでしょう。

 

6、保険料 ▲▲

こちらは解約すれば解約返戻金で営業外利益が出ることもありますが・・本当に何かあった時の伝家の宝刀、たかが社長のメンツのために刀を抜いてはいけません。

「返戻金のでる保険金」は戦術的に言うと「予備兵力」に当たる存在ですから、「いざ」という時まで大事に残しておきましょう。

一時的に保険料の支払いを停止する「払い止め」ができる商品なら、解約しないで保有しておくことが可能です。

 

7、減価償却費 ▲▲▲▲ 

減価償却はそもそも何のためにあるのか、ピンときてない経営者も多いですし、償却をサボっても特段どこかから何か言われることがないので、赤字対策としてつい手をつけがちな科目です。

しかし、例えば2000万円で買った老朽化した設備(償却期間10年)に、ついついサボった未償却分が800万円残っていたらどうなるでしょう?

通常であれば 2000万円で買った 償却期間が10年の 償却済み設備は毎年200万ずつ減価償却するので、10年後には残価が0になります(固定資産台帳には便宜上残価1円として残します)。

もし、利益を計上する目的でこの設備の減価償却を4年サボったら、800万円の残価が台帳に残り、BS上でも固定資産として800万乗っかったままです。

この設備がついに動かなくなり、同じ価格2000万で設備更新したら、下記の2つの処理が必要になります。

1,廃却し固定資産台帳からも除くことになる、古い設備に残った残価800万を「除却損」として特別損失に計上。

2,さらに新しくした設備の初年度減価償却分として200万を減価償却費として計上。

つまり次に同じ設備に買い換えるとしたら初年度に残価の800万プラス減価償却分の200万が利益から出ていきます。

結局のところ、今後の成長に必要な情報機器や車両や機械設備の買い替えがなかなかできなくなり、生産性を自ら下げてしまうことになってしまいます。

実は私もミカド電装商事の社長に就任した当時、どうしても営業利益を黒字にしたくて1期だけやったことがありますが、上記に気づいてすぐやめました(あぶなかった)。

減価償却をサボる事は、次号でご紹介する粉飾経営への恐るべき第一歩となりかねない、シンナーや脱法ドラッグなみのヤバさですので、ほんと気をつけてください。

 

以上のような手法で無理やり黒字を出すのを、ダイエットに例えると「過剰な栄養制限をした上で、水分を出し切って裸で体重計に乗る」ようなものです。

これでは本来健康のためのダイエットで、大切な体(会社)を壊す、ということになりかねませんよ。

現在の私の考えをまとめると、漫然と赤字が続くのは困る、と言う意味では「赤字は悪」ではあるんですが、会社の健康をそこなってまで黒字にしたり、赤字を黒字と言いくるめるのは「最悪」です。

会社は赤字でつぶれるのではなく、現金の不足でつぶれます。

そしてその現金を減らす重大な要因が赤字であり、増やす重大な要因が黒字であるわけです。

赤字は病気と一緒で、つらい事ではありますが、一つの「起きてしまった現象」です。

それをどう感じ、受け止めるかは経営者ご本人次第。

一時の赤字のために対症療法や怪しげな代替療法に頼るのではなく、おきてしまった「現象」を直視して、その原因を果敢に断つことが重要だと思います。

結局、私が相談された方に答えたのは

1、今期の赤字は赤字のまま、しっかり決算に反映させてください。

2、パート代や出張など利益のために必要な経費を削るとジリ貧になる恐れがあります。来年の決算にもろに影響しますので気をつけてください。

3、赤字になった理由が一時的なものなら気にせず前へ、構造的な理由が原因なら抜本的な対策を今から考え、実行に移しててください。

4、銀行や外部の株主には、赤字になった理由と今後の対策をしっかり説明すれば大丈夫。

5、もし赤字によって決済に必要な現金が足りなくなるようでしたら、借入を増やすか、保険を解約し返戻金を受け取ることや有価証券の売却も考えてください。

というものでした。

他でも書いてますが経営者の皆様は毎年の損益よりも、長年の損益の積み重ねが現れる貸借対照表(バランスシート)をより重視していただきたいですね。

これをお読みいただいている、ほとんどの経営者の方はこんな話とは無縁だと思います。

「天国へ行くのに最も有効な方法は、地獄への道を熟知することだ。」

というマキャベリの言葉をそんな皆さんにお贈りして、この章を終わらせていただきます。

次回は、赤字対策にいそしんでいるといつの間にかハマってしまう、粉飾決算のワナについて書かせていただきます。

☆実は削っても良い経費が2つあって、それは役員給与とゴルフなどの接待交際費なんですが、なぜか「税法上できない(ほんとは理由があればできる)」「悪い噂が立つ(自腹で行けば立ちません)」とか理屈をこねて手をつけないケースが多いようですね。

☆そういえば過去にこのエースレター上でこんなお話を書きました。

中古車会社「レッドロード」を営む、「赤路悪雄(あかじわるお)」さんという2代目社長さんの物語です。創業者であるお父さんの代から25年連続増収増益を重ねてきたレッドロードですが、コロナによる世界的な仕入れ価格の上昇が襲いかかり、創業以来の赤字予想の前に青くなった悪雄さん、相談を受けた友人「腹子良夫(ばらんすよしお)」はその苦境を救えるのか??と言うお話(悪雄と良夫は私自身がモデルになっています)。

お読みいただくにはこちらをクリックしてください。

当時ハマっていた講談の影響で、自分で言うのもなんですがなかなか見事な七五調です(笑)。

☆レター版読者の方からご質問いただきました。外注と減価償却のところ、わかりにくい記述があったのですこし手を入れさせていただきました。