「弱くても勝てる経営」 競合に負けない兵法入門 1、ピンチはチャンス!最初の攻撃を持ちこたえる 

「狼が別の意見をもっているのに羊たちが菜食主義の決議に賛成するのは無駄なことである」(イング)

ビジネスは命がけで行う戦争ではありませんが、どうしても競争の側面があります。

自分たちは平和にやって行きたくても同業他社に競争を仕掛けられるときもあります。

楽しくジョギング中に後ろから抜かれても「(ちぇっ)」と思えば済みますが、賞金や名誉がかかったレースなら、そうも行かないと思います。

生き残りのためにコチラからしかけて、競合と争わねばならないときもあるでしょう。

みなさんがそんな目に会わないことを願っていますが、これから書くことが万が一の時にお役に立つかも知れません。

今回から数回にわたり、私がコップの中の嵐のような競争をしなければならなかった時に学び、大いに役に立った、「兵法」について書いていきたいと思います。

 

「いやー こまったな〜」

お客様からの帰り道、なりたての社長でまだ営業も担当していた私は、本当に困っていました。

当時担当していた元請け会社から呼び出され、「ある大型案件について競合から破壊的な安値の見積もりが出た」と告げられたのでした。

私達の祖業である電気設備業は下請けどころか、孫請け・ひ孫請けの仕事も多く、常に厳しい価格で仕事をせざるを得ません。

その中では比較的良心的な価格で取引してくださるその元請け会社さんは、我々にとって失うことの出来ない大切なお客様。

しかし、競合の見積もり価格に合わせてしまうと、粗利ベースでもカツカツになってしまいそうですし、悪しき前例になりかねません。

逆方向を向いて仕入先の電気設備メーカーに交渉しようにも、仕入れ価格にはおのずと下限があり、そうかんたんには応じてはくれないでしょう。

お昼どきでしたが、食欲もわかないくらいゲンナリした私は、ふらふらと通りに面した古書店に入りました。

店内にはお客はおらず、店主のおじいさんが奥にいるだけでした。

特になにか買う気もなく、何冊か手にとったところでおじいさんが話しかけてきます。

「あ〜 そろそろ昼ごはんに行きたいから、出てもらえんかの。」

「あ、ごめんなさい。すぐ出ます。」

すぐにあやまってしまうクセのある当時の私は、あやまりついでに手に持っていた本をレジに差し出します。

おじいさんは本の裏を見て「はい150円ね」とありがとうも言わず、そう私に告げました。

「150円じゃ、ありがたくもないか・・」

しかしその時に手に入れた「図解兵法〜組織を率いる戦法と策略(大橋武夫著;ビジネス社)」が、その後の私の経営者人生に大きな影響を与えることになるのです。

帰宅後、本を開いた私の心に最初にズシンと響いたのが「戦法編6 ピンチはチャンスなり」のこんな挿絵です。

ここで書かれている「ピンチはチャンス」というのは「災い転じて福となす」のように「不運なときでも何事も前向きに考えろ」的な話ではなく、もっと現実的なことでした。

私はこの挿絵のように、安値攻勢をかけてきた競合に中央突破されているような恐怖感を感じていました。

しかし、この競合が突破しようとしているように見えているこの構図、競合から見るとどうでしょう?

これって、もしかして我々が競合を包囲しているようにも見えるんじゃない?ということに気付かされたのです。

そこで、いったん落ち着いて周辺情報を探ってみると、どうやら競合は同社に対し別件で納期遅延と品質上のクレームを出しており、中央突破どころかシェアを大きく失う危機を迎えていたのです。

・最も有利状況は 最も不利な状況は 同じ姿をしている

・まず最初の一撃を持ちこたえる

・攻撃しなければ勝てない

本の中のフレーズに刺激を受けた私は奮い立ちます。

私は、競合に合わせた見積もりを持たず、担当者と再び面談しました。

そこで私は

・その価格で施工納品しようと思えば、当然それに合わせた工数・員数しか確保できず、施工の品質を保証できないこと。

・これまで我々は納期遅延や施工上のトラブルを起こしておらず、今後とも高い品質の仕事を提供することが、その元請け会社さんにとってもメリットになるはずであること。

を担当者に訴え、最初に出した見積もりの採用をお願いしました。

結果的に少々の値引きにはお付き合いしたものの、担当の方は競合は品質に問題ありとして安値の見積もりを採用せず、私達はその大型案件を無事受注・納品できたのです。

この経験は弱腰で「攻撃されたら、ただまっすぐ下がるだけ。」だった当時の私を、相変わらず見た目は弱そうですが「ちょっかい出されても、そうカンタンには負けない。」今の私に変化するきっかけになったのです。

スポーツの世界でも、「ピンチのようでチャンス」「チャンスのようでピンチ」のシーンはよく見かけます。

・土俵際に追い詰められた力士が徳俵で耐えながらうっちゃりのチャンスを虎視眈々とねらっていたり

・3ボール1ストライクでピンチのバッテリーが、打ち気にはやるバッターが振ってくれそうなボール球のコースを丹念にサイン交換したり

・前がかりになった相手チームのラインを引きつけるだけひきつけてから、ディフェンダー裏へのロングボールで形勢逆転をねらったり

経営の世界でも同じです。

競合が価格やサービスで販売攻勢をかけて来るのには、何かそうしなければならない危機的な理由があるのかも知れません。

単にこちらを与(くみ)しやすい相手と思っての攻勢なら、どこかに油断や慢心があるでしょう。

今後そんなことがあったら、ぜひ前掲のイラストと

「最も有利な状況と 最も不利な状況は 同じ姿をしている」

というフレーズを思い出し、

・まず最初の攻撃を持ちこたえて時を稼ぎ

・相手のピンチや弱点を探し出し

・そこに力を集中して反撃する

という「ピンチはチャンス作戦」で乗り切ってください。

1990年代前半、スティーブ・ジョブズが復帰直前のアップルは、マイクロソフト陣営のウインドウズ95包囲網により、危機的状況にありました。

前経営陣は「目には目を、包囲には包囲を」とばかりライセンス企業を募り、イラストでいえば包囲された側が陣形の両翼を伸ばす、互換機戦略を選択します。

しかし相手と同じ戦略をあとから取るというのは、ヒト・モノ・カネの経営資源が多ければこそ成り立つ「強者の戦略」。

アップル陣営に馳せ参じた弱者連合ではウインドウズ95搭載のPC/AT互換機からの市場奪還は進まず、かえって互換機がMacintoshのシェアを共食いする最悪の結果となります。

1997年、請われて復帰したジョブズは、悪手の互換機戦略を直ちに放棄、斬新な新OS「8.0」の発表の後、これまでだれも見たことのない半透明デザインのiMacを発表し、ウィンドウズ包囲網を見事中央突破します。

その後、MacBookの大ヒットと、iPodからiPhoneにつながるPCメーカの地平を超えた快進撃は皆さん御存知の通り。

それもこれも全て、ジョブズが、「ピンチはチャンス作戦」で、最も不利な状況を最も有利な状況に転換できたからでしょう。

くりかえしになりますが、相手が特定の個人や組織の場合は、相手にもおかれた状況や感情、そしてあなたに攻撃を仕掛ける目的があります。

「彼を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず」(孫子;謀攻より)

(現代語訳 敵と味方の情勢をよく知って戦えば、何度戦っても敗れることはない。)

あまりやりたくないことですが、自分の敵の心のうちに分け入ってみれば、そこにかならず弱いところがあります。

ジョブズは旧経営陣とは違い、(アップルのような)創造性を持たないからこそ、量で勝負せざるを得ない、マイクロソフト陣営の弱みをしっかり把握していたのでしょう。

ジョブズを見習い、ピンチのときはまずいったん持ちこたえて、相手の弱いところを見つけましょう。

☆ご注意 

賢明な読者の皆さんには、余計なお世話だと思いますが、これは「ピンチが来ても前向きにドンドン行け」というただのポジティブ思考(損害多く破たん)や、「そのうち苦難は去るからじっと耐えろ」的なアナグマ思考(ジリ貧で自滅)とは全く違うお話です。

1、相手の弱点を探し出すまでは無駄撃ちは控え、しっかり耐えてムダな損害を出さない。

2、後退せずに耐えながら弱点が見つかったら、そこに力を集中して一転攻勢に出る。

この2点、つまり「クールに燃えていること」が勝利の条件です。

また、一見最初の話と少し矛盾するようですが、心や目的を持たない自然・天候や、気持ちを図り難い大きな世の中の流れなど、具体的な相手が見えない逆境にも「ピンチはチャンス作戦」は有効ではないかとおもいます。

次回は、「向き合う相手の力がこちらより強いとき、どう戦うか」を兵法の例にならってお伝えします。